クリスチャンパパ物語

How sweet are your words to my taste, sweeter than honey to my mouth! Psalms119:103

苦々しい思いからの解放

これまでクリスチャンとしてチャレンジしたこと(していること)の一つに、"苦々しい思いからの解放"があります。
 
僕の悩みの多くは人間関係によるものだと思います。人間関係で問題が起こり、相手に対する否定的な感情を一度持ってしまうと、その思いが中々消えません。
 
クリスチャンになる前、また、なった後もしばらくは、相手に対する否定的な思いを持つことにあまり問題を感じていませんでした。それは、相手に対する否定的な思いを心に抱いただけで、目に見える行動に移したり、否定的な口に出したわけではないため、大きな問題ではないと考えていたからです。
 
ただ、否定的な感情は心に残り続けるがために、時に自分の心を苦しめ、相手との関係に害をもたらします。
 
特にクリスチャンとの関係において問題を抱えると、クリスチャン間での事だからこそ、苦しさを覚えました。ただ、その否定的な思いを隠すことに頑張るだけで、その思い自体を問題視し、捨て去ろうとはしていませんでした。
 
そのような中で、ある時エペソ人への手紙4章後半を読んでいて、悔い改めとチャレンジが与えられました。
 
そこには、新生したクリスチャンとは古い人を脱ぎ捨て、新しい人を身に着る者であり、その者たちには”無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどをいっさいの悪意とともに、みな捨て去”(4:31)ることが命じられています。
 
ここでは、大きな否定的な感情だけでなく、いっさいの悪意をも捨て去るように命じられています。つまり、パウロはクリスチャンの間から小さな否定的な思いをも取り扱うようにと勧めていると思います。
 
苦々しい思いを捨て去るチャレンジは、自分の体験や感情に直接つながることなので、僕にとって簡単ではありませんでした。ただ、徐々に苦々しい思いから解放されるようになりました。そして、それまでは中々祈れなかった相手のために祈ることができるようになり、チャンスがあるならばその人のことを愛そうと思えるようになってきました。
 
神に敵対し、神の御怒りを受けて当然の者である自分が、御子を捧げるほどの愛で神に愛され、赦されたことを深く理解していく時に、神のアガペの愛が心に与えられ、苦々しい思いから解放され、神の愛に生きることができるるようになるのだと思います。