クリスチャンパパ物語

How sweet are your words to my taste, sweeter than honey to my mouth! Psalms119:103

子どもに謝らせることについて

妻が読んだ子育ての記事をもとに、夫婦で”子どもに謝らせる”ことについて一緒に考え、ディスカッションしました。

 

僕はそれまでは、”何が悪かったのかを子どもが理解した上で、心から謝らせる”べきだと考えていましたが、そんなに単純ではないことがわかり、考え方が修正されて感謝です。

 

興味のある方のために、学んだことをシェアしますね。

 

1. 無理やり謝らせない
すべきでないことは、無理やり「ごめんなさい」と言わせること。これを習慣づけてしまうと、とりあえず謝れば事は済むのだと教えてしまいます。その子が相手の立場にもなって何が悪かったのかを考え、心から謝るとうい正しい謝り方を身につけることを阻んでしまいます。

 

2. 子どもの理解度を考慮する
親が考えるように子どもは考えられない。相手の立場になって考え、何が悪かったのかを理解し、”謝る”というのは、幼い子どもには中々難易度が高いみたいです(特に2,3歳の子どもでしょうか?)。

 

妻が読んだ記事(英語のもの)では、興味深いエピソードが紹介されていました。筆者が、ある保育園を訪問した際に、一人の園児がお友達に痛い思いをさせてしまったそうです。その園児はそこで謝るのではなく、「冷たいタオルを持ってくるね」と言って、お友達のために何ができるのかを考えて行動したそうです。筆者はその園児が"謝らなかった"ことに違和感を持ちながらも、そのことについて園長さんに話を伺ったそうです。そして、その行動は、まだ謝ることを理解できない子どもには、無理やり謝らせるのではなく、相手のために自分が具体的に何ができるのか考えさせる教育から生まれたものだったそうです。

 

3. "謝る"見本を示す
子どもに”謝る”ことについて理解してもらうには、謝るとはどういうことなのか話すよりも、実際に”謝る”姿を見せるのが良いそうです。つまり、親が子どもに何か悪いことをしてしまった時に、子どもに何が悪かったのかを話し、心から謝る姿を見せることで、子どもは謝るとはどういうことなのかを理解するそうです。

 

4. 神に謝るとはどういうことなのかを教える

これは僕自身が考えたことです。対人関係においての謝り方が神に対しての謝り方に大きく影響するのではないでしょうか。つまり、自分の気持ちがどうであろうと、謝れば事は済むと学んだ子どもは、どんな人間関係においてもそれを実践するでしょうし、神との関係においてもそれを実践するでしょう。神に対して悔い改めることを求められた時に、自分の心はどうであろうと、言葉だけで悔い改めるようになってしまいます。そして、無理矢理謝らせる教育は、そのように促し、それを良しとしてしまうことになりかねません。なので、子どもの霊的な影響を考えた上でも、どのような謝罪の仕方を子どもが身につけるのかは重要なことだと思います。

 

息子はまだ話せませんし、他の子と遊ぶことはほとんどありませんが、これから徐々に他の子どもと遊ぶようになってくると思うので、事前にこのように考え、夫婦で話し合うことができて感謝でした!